やらない理由は創造的。特別な日をつくらない

湧き出てくるやらない理由
昨日は夜に庭でバーベキューをして、ちょっと二日酔い気味。
いつもの時間に起床したけど、なんだか体が重たい。
「今日は基礎稽古をやらなくてもいいかな」
という甘い誘惑に何度も襲われました。
体が重たい。気が乗らない。
家族がリビングにいる(稽古はリビングでやっている)など。
やらない理由は創造的!?
やらない理由は、自分を正当化する言い訳です。
「毎日やっているから、今日くらいはやらなくてもいいだろう」
この程度ならまだかわいいものです。
「やり過ぎは体に良くない」とか、「たまには休んだほうが自分にとって良い」とか、とんでもないものまで飛び出してきます。
これらは苫米地博士が「創造的回避」と説明しているものです。
全ては現状維持のため。脳の機能によるものです。
僕たちの脳は変化することを拒否します。
そして変化しないように巧妙に仕向けてくるのです。
やるべきことを積み重ねるだけ
やらない選択は、その瞬間こそラクで良いのですが、長期的な視点で見れば結局は後悔が残ります。
あの時、なんで継続できなかったんだろう。
やれば良かった。やり続ければ良かった。
そんな後悔しかありません。
学生時代や10年前、20年前を振り返った時に、「あの時もっとやっておけば良かった」というもの、ありませんか?
もちろん、全ての経験があってこその今であり、こうして伝えられることがあるし、後悔を踏まえたうえで今の自分がいます。
ひっくるめればオールオッケーではありますが、分かっていながら後悔する必要もありません。
やるべきことを淡々とやり続ける。
これが今、明確に伝えたいことです。
何かの気づきやキッカケ、ヒントになれば。


